ベトナム大会レポ②カンファレンス&松浦先生の講演で学んだこと

Asia Montessori Conference 3*ゆかり先生のコラム&レポート

2025年の大会テーマは『モンテッソーリ教育による国民文化の調和』です。
文化は私たちの生活に根付き、子どもたちの心を育む大事な要素の一つです。モンテッソーリ教育の目的は「平和」。自分たちの文化を愛する者は、他の文化も愛する者になり、平和を構成する一員となります。今回はそれぞれの国が持つ「文化」や「国民性」と、モンテッソーリ教育の融合、文化を伝えていくためのモンテッソーリ教育の有効性などをテーマにお話されていました。

ほんの少しだけ、カンファレンスでお話されていた内容をシェアします。

Ms.Charmaine先生(シンガポール)

『力強く値を張り、宇宙へ羽ばたく、アジアから見たモンテッソーリ教育の実践と哲学的考察』
AMA(Asia Montessori Assosiation)会長のシャーメイ先生は、シンガポールで36年間モンテッソーリ教育を実践、教師養成をされています。

今回のお話で、私が一番印象に残ったのは「教える大人に生活の基盤、教育、文化的な基盤があるのか」という言葉。自分が経験したことがないことを子どもに伝えるのって難しくないですか?例えば、自分が包丁使ったことがなかったとしたら、子どもの前で包丁の使い方を提示することはできないですよね。ほうきで履くとか、お米を研ぐなどの生活に必要なこと、文化的な行事など、自分が経験してきたことが子どに教える土台となる。でも、そういった経験をせずに保育士、教師になっている人もいると言われて、過去に受け入れた新人さんのことを思い浮かべました笑。モンテッソーリ教育に限らず、子どもと関わる人は、生活の基盤や文化的な基盤を持ち、「深く自分自身に根を下ろし、根を張ることができてこそ、子どもを羽ばたかせることができるとおっしゃっていました。

Mr.Mark Powell(オーストラリア)

『AIとモンテッソーリ教育者としての宇宙的使命』
みなさん、マリア・モンテッソーリが生きていたら、コンピューターやデジタル技術、AIを使ったと思いますか?マリアは1932年(昭和7年)の時点で、「教師が映像を作って、危険すぎること、遠すぎること、抽象過ぎることを伝えるべきだ」という提案までしていたそうです。”使うかどうか”という議論ではなく、”どう活用するか”を議論するべきだとおっしゃっていました。校長先生の期間も含めて30年以上の現場経験のある先生が、実際のモンテッソーリ教育の学校での実践をいくつも紹介してくださり、とても勉強になりました。

さらに、教育現場でのAI活用についてのお話をされていました。最適化された学び、教師の生産性を高める手段として中国でAIを使った事例(脳波を測定したり、最適なプログラムを個別に提案する)を紹介してくれました。単なる情報伝達や知識を教え込む(従来の教育)ことが目的ならこれも有効だけど、モンテッソーリ教育はそうではないということを再確認。モンテッソーリ教育は子どもが出発点です。観察することで、その子自身の興味関心がどこにあるのかを見極めることから始まります。興味は人それぞれですが、AI はその子の存在そのものを見ることはできません。つまりは、モンテッソーリ教師に変わることはできないということ。AIの活用が悪いということではありませんし、教育の目的、子どもを主体とすることを大事にして、モンテッソーリ教育の現場でも活用出来たらいいですよね。

松浦公紀先生(日本)

『多様性を祝福するーモンテッソーリ教育における文化の統合ー』

モンテッソーリアジア

日本からは、松浦公紀先生が登壇です!!”多様性”というテーマで、最初に「みなさんのクラスには何か国の子どもがいますか?」という質問から始まりました。私の見た感じでは3か国が一番多く手が挙がっていたように思いましたが、7か国の子どもがいると答えた方もいました。現代の子どもたちはクラスに違う国の子どもがいるのが当たり前になってきていて”多様性”という視点で言えば良い状態にある。なぜなら、『みんな同じ』だと、どうしても価値観が狭くなる可能性が大きいからと。でも、日本(だけでなくアジア各国)の伝統的な教育には、『みんな同じ』を良しとする傾向があり、グループや集団に価値を置かれた考え方(一斉画一、教師中心の考え方)から抜けるのに苦労しています。ベトナムの先生も「伝統的な教育法からの脱却」ということを課題にしていました。アジアの伝統的な教育にも、もちろんメリットはあります。協調性、団結力、統一、秩序、尊厳といったことは、おそらく個を中心とするモンテッソーリ教育よりも子どもたちの中に育つでしょう。しかし、この協調や団結、統一が度を越してしまうと排他的になる恐れもあります。これが世界中で起こっている「分断」「分離」の原因。

松浦公紀先生

モンテッソーリは、全ての人間は一つの命の根から生まれていて、それが枝分かれして国民性や文化というものになっていくという考え方です。”多様性”は、主にモンテッソーリ教育の5分野の一つである【文化教育】の中に位置づけられますから、文化教育の環境を充実させる必要があります。
子どもたちは、まずは共通点(同じ)から見つけて、同じ遊びをして、同じことで笑って・・・そんな風に一緒に過ごしていくことで仲間意識ができると、次第に文化や考え方の違いに気づき、その違いを尊重する力が身に付き、育っていきます。

特に大人は、自分の価値観が固まっているから、文化の違いや考え方の違いを尊重することはできても、受け入れることがなかなか難しい。文化の違いで言えば、日本は麺をすする時に音を立てて食べることを良しとします。でも、それはお行儀が悪いという国もあるそうで、、、

松浦公紀先生

そんな話をしながら、松浦先生はステージでお蕎麦をすすりました笑。(私はこれをお届けするのが役目でした)私たちが正しいと思っていたり、習慣として当たり前にやっていることが、異なる価値観や文化の中ではそうではない可能性があることを知っている必要がありますよね。違いを知らないことが誤解を生み、その誤解が「分断」や「分離」へと繋がって争いになるわけです。
私たちモンテッソーリ教師、保育士の役割は『違いをありのままに提示する』こと。決して自分の価値観を入れずに、多くの違いの”たね”を蒔くことが大人の役割です。違いことが”多様性”です。

まとめ

本当はもっとたくさん、約30名の方がお話されていたのですが、今回は3名に絞って紹介させていただきました。この3名のお話を聞いて、改めてモンテッソーリ教師としての姿勢、子どもと関わる代表的な職業である保育士としての姿勢を考えることができました。
私のレポートだけでは十分な内容は伝わらないとは思いますが、みなさんも感じたことがあればぜひ教えてくださいね。

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